
東海の中小企業がUターン・Iターン人材を受け入れる組織づくり
目次
東海の中小企業がUターン・Iターン人材を受け入れる組織づくり
「東京から来た若手が、半年で辞めてしまった」——東海地方の中小企業で、Uターン・Iターン人材の受け入れに苦労しているという話を、頻繁に耳にします。
私はこれまで500社以上の企業の人事に携わってきましたが、Uターン・Iターン人材の採用は、「来てもらう」ことよりも「定着してもらう」ことのほうがはるかに難しいと感じています。都市部から東海地方に移り住むという大きな決断をした人材が、数ヶ月で去ってしまうのは、本人にとっても企業にとっても大きな損失です。
しかし逆に、Uターン・Iターン人材がしっかり定着し、その経験やスキルを活かして組織を活性化させている企業も多くあります。この差は何か——それは「受け入れる側の組織づくり」にあります。
豊橋市のある化学メーカーでは、過去5年間でUターン・Iターン人材を8名採用し、7名が3年以上定着しています。定着率87%は、一般的な中途採用の定着率を大幅に上回る数字です。この企業が取り組んできた「受け入れの仕組み」を軸に、東海地方でのUターン・Iターン受け入れについて考えていきます。
東海地方のUターン・Iターンの実態
東海地方へのUターン・Iターンには、いくつかの特徴的なパターンがあります。
Uターン:地元への回帰
東海地方、特に愛知・静岡・岐阜・三重出身の若手・中堅人材が、東京や大阪での勤務を経て地元に戻るパターンです。「親の介護」「子育て環境」「地元への愛着」が主な動機ですが、「東京での仕事に疲れた」「通勤ストレスから解放されたい」という消極的な理由もあります。
Iターン:地縁のない移住
東海地方に地縁がないが、「ものづくりに関わりたい」「自然環境の中で暮らしたい」「コストの低い地方で独立・起業の基盤を作りたい」という動機で移住してくるパターンです。岐阜の飛騨地域や静岡の伊豆半島など、自然豊かな地域への移住が増えています。
コロナ禍以降の変化
リモートワークの普及により、「東京の仕事をしながら東海地方に住む」という選択肢が生まれました。完全なUターン・Iターンではなくても、「二拠点生活」や「リモートワーク+月1回の出社」というスタイルで東海地方に移住する人が増えています。
なぜUターン・Iターン人材の受け入れがうまくいかないのか
Uターン・Iターン人材を採用したが定着しなかった——その原因を分析すると、いくつかの共通パターンが見えてきます。
原因1:期待値のミスマッチ
都市部で働いていた人材は、「仕事のスピード感」「情報の量」「キャリア機会の豊富さ」に慣れています。東海地方の中小企業に入ったとき、「思っていたよりもゆっくり」「自分の経験が活かせない」と感じるケースがあります。
逆に、企業側も「東京で経験を積んだ人なら、すぐに即戦力になるはず」という期待を持ちがちです。この双方の期待値のずれが、早期離職の大きな原因になります。
原因2:組織文化の違い
東海地方の中小企業には、「暗黙のルール」「独特の人間関係」「地域特有のコミュニケーションスタイル」があります。東京のビジネスカルチャーに慣れた人材が、こうした文化の違いに戸惑い、居場所がないと感じることがあります。
岐阜の製造業では、始業前の30分間、社員全員で清掃を行う慣習がある企業があります。東京から来た人材が「それは業務時間に含まれるんですか?」と質問したとき、既存社員との間に微妙な溝が生まれた——こうしたエピソードは珍しくありません。
原因3:生活面でのサポート不足
仕事以外の生活基盤の構築は、移住者にとって大きな課題です。住居の確保、地域コミュニティへの参加、子どもの学校、配偶者の就労——これらの問題を、企業が「個人の問題」として放置すると、生活面の不満が離職につながります。
経営数字から見るUターン・Iターン人材の価値
Uターン・Iターン人材の受け入れに投資する合理性を、数字で確認しましょう。
都市部経験者が持ち込む「市場価値」
東京や大阪での勤務経験がある人材は、地元採用の人材と比べて、異なる業界・職種の知見を持っていることが多い。この「知見の多様性」が、組織にイノベーションをもたらす可能性があります。
半田市の食品メーカーでは、東京のIT企業から転職してきた営業担当者が、デジタルマーケティングの手法を導入し、ECサイトの売上を1年間で3倍に伸ばしました。この担当者の年収は480万円、ECサイトの売上増加額は年間2,400万円。投資対効果は明白です。
採用コストの比較
Uターン・Iターン人材の採用には、通常の中途採用より追加のコストがかかります。面接の交通費支給、引っ越し費用の補助、住居の手配——これらを含めると、1名あたり50〜100万円の追加コストが発生することがあります。
しかし、東海地方の中小企業が地元だけで人材を探す場合、候補者プールが限られ、採用自体ができないリスクがあります。「追加コストをかけてでもUターン・Iターン人材を獲得する」か「人材不在のまま機会損失を続ける」か——経営判断として、前者のほうが合理的なケースが多い。
受け入れ成功の5つの実践
ここからは、東海地方の企業が実践しているUターン・Iターン人材の受け入れの具体策を紹介します。
1. 選考段階での「リアリティ・プレビュー」
Uターン・Iターン人材の定着を左右する最大の要因は、「入社前の期待」と「入社後の現実」のギャップです。このギャップを最小化するために、選考段階で「リアル」を徹底的に見せることが重要です。
浜松市のメーカーでは、最終面接の際に以下を実施しています。工場見学(実際の作業環境、設備、雰囲気を体感)。配属予定チームとの昼食会(将来の同僚との会話機会)。地域の紹介(住環境、通勤ルート、買い物環境の案内)。正直な課題の共有(「うちの会社のこういうところが大変」という話)。
「いいところだけ見せて入社を決めてもらう」のではなく、「大変なところも含めて理解した上で来てもらう」——この姿勢が、入社後のギャップを防ぎます。
2. 入社後90日間の「オンボーディング・プログラム」
入社後の最初の90日間が、定着の勝負どころです。この期間に「この会社で頑張ろう」と思えるかどうかで、その後の定着が大きく左右されます。
豊橋市の化学メーカーでは、Uターン・Iターン人材向けの「90日間オンボーディング・プログラム」を設計しています。
第1週:会社の歴史・文化・事業の全体像を理解する(社長との面談含む)。第1ヶ月:配属部署の業務を一通り体験し、キーパーソンとの関係を構築する。第2ヶ月:実務を開始し、週1回のメンターとの1on1で課題を共有する。第3ヶ月:小さな成果を出し、チームへの貢献を実感する。
90日目に「振り返り面談」を実施し、「入社前の期待と現実のギャップ」「困っていること」「今後のキャリア希望」を確認する。この面談が、問題の早期発見と対応につながっています。
3. メンター制度:「組織文化の翻訳者」を配置する
Uターン・Iターン人材にとって最も助かるのは、「この会社のことを何でも聞ける人」の存在です。業務上の質問だけでなく、「この会社ではこういうとき、どう振る舞えばいいの?」「この地域ではこんなときどうするの?」——組織文化や地域文化に関する「翻訳」をしてくれるメンターの存在が、適応を加速させます。
メンターには、以下の条件を満たす人を選ぶことが効果的です。入社5年以上で、組織文化を十分に理解している人。コミュニケーションが丁寧で、押しつけがましくない人。できれば、自身もUターン・Iターンの経験がある人。
一宮市のアパレル関連メーカーでは、過去にIターンで入社した社員(入社8年目)をメンターに任命しています。「自分も最初は戸惑った」という共感をベースにしたサポートが、新しいUターン・Iターン人材の安心感につながっています。
4. 生活面のサポート体制
仕事以外の生活基盤の構築を支援することが、移住者の定着に大きく影響します。
住居支援
社宅の提供、家賃補助、不動産業者の紹介——住居の確保は移住の最初のハードルです。特にIターン人材は土地勘がないため、「どのエリアに住むのがよいか」「通勤に便利な場所はどこか」といったアドバイスも含めた支援が有効です。
三重県の企業では、入社が決まったUターン・Iターン人材に対して、人事担当者が休日に地域を案内する「エリアツアー」を実施しています。スーパー、病院、学校、公園——生活に必要な施設を実際に見て回ることで、「ここで暮らせる」という安心感を持ってもらっています。
配偶者の就労支援
移住を伴う転職の場合、配偶者の就労が課題になることがあります。「自分は転職先が決まったが、配偶者の仕事が見つからない」という状況が、移住の障壁になるケースは少なくありません。
直接的な支援は難しい場合でも、「地域のハローワークの情報」「パート求人の多い業種」「在宅でできる仕事の情報」——こうした情報を提供するだけでも、配偶者の不安軽減につながります。
5. 「外からの目」を組織の力に変える
Uターン・Iターン人材が持つ「外からの目」は、組織にとって貴重な資産です。しかし、この「外からの目」が既存社員との軋轢を生むこともあります。
「前の会社ではこうだった」「東京ではこのやり方が普通」——こうした発言が、既存社員の反発を招くことがあります。一方で、「郷に入っては郷に従え」と黙らせてしまうのも、もったいない。
重要なのは、「外からの目」を「批判」ではなく「改善提案」として組織に還元する仕組みを作ることです。
静岡市の製造業では、中途入社者(Uターン・Iターン含む)に対して、入社3ヶ月目に「改善提案シート」を提出してもらう制度を導入しています。「外から見て、この会社で良いと思うこと」「改善できそうなこと」「自分の経験で貢献できること」——この3つの視点で記入してもらい、経営会議で共有する。
「批判ではなく提案として受け止める」という枠組みを作ることで、既存社員も「なるほど、そういう見方もあるのか」と受け入れやすくなります。実際に、この制度から生まれた改善提案のうち、約30%が採用・実行されています。
Uターン・Iターン人材の採用チャネル
受け入れ体制を整えた上で、どのようにUターン・Iターン人材にリーチするかも重要な課題です。
地方移住マッチングサービスの活用
「SMOUT」「ふるさと回帰支援センター」「にいがた暮らし」のような地方移住を支援するプラットフォームがあり、東海地方への移住を検討している人材にリーチできます。
Uターン就職フェアへの出展
東京・大阪で開催される「UIターンフェア」「ふるさと就職フェア」に出展することで、地元に戻りたい人材と直接出会えます。フェアでは、「仕事の内容」だけでなく「暮らしの情報」を併せて伝えることが効果的です。
SNS・オウンドメディアでの発信
自社の採用サイトやSNSで、「東海地方で働く魅力」「移住者のインタビュー」「地域の暮らし情報」を発信することで、潜在的なUターン・Iターン候補者に認知してもらえます。
刈谷市のメーカーでは、Uターンで入社した社員のインタビュー記事を採用サイトに掲載しています。「東京の大手IT企業を辞めて、地元の製造業に転職した理由」「移住して変わった生活スタイル」——こうしたリアルなストーリーが、同じような立場の求職者の背中を押しています。
自治体・地域との連携
Uターン・Iターン人材の受け入れは、企業だけの取り組みでは限界があります。自治体や地域コミュニティとの連携が、受け入れ体制の充実につながります。
移住支援制度の活用
東海4県の自治体には、移住者向けの支援制度(引っ越し費用補助、家賃補助、子育て支援)があります。こうした制度の情報を企業が把握し、採用時に求職者に案内することで、移住のハードルを下げることができます。
地域コミュニティへの接続
移住者にとって、「地域に馴染めるか」は大きな不安です。地域のお祭り、自治会活動、趣味のサークル——こうしたコミュニティへの参加を企業が橋渡しすることで、仕事以外の居場所ができ、定着につながります。
組織全体で「受け入れ力」を高める
Uターン・Iターン人材の受け入れは、人事部門だけの仕事ではありません。配属先のチームリーダー、同僚、経営者——組織全体で「受け入れる力」を高めることが重要です。
「新しい仲間を温かく迎え入れる」という姿勢は、組織文化そのものです。一朝一夕には変わりませんが、「受け入れの成功事例」を社内で共有し、「外から来た人の力で組織が良くなった」という実感を全員が持てるようになれば、組織の受け入れ力は着実に向上します。
東海地方の中小企業が人材確保の選択肢を広げるために、Uターン・Iターン人材の受け入れは有力な戦略です。経営数字で投資対効果を検証し、受け入れの仕組みを整え、組織全体で「来てくれて良かった」と言える環境を作る——その積み重ねが、企業の成長につながっていきます。
本記事は、東海地方の中小企業における人事課題を長年支援してきた経験に基づいて執筆しています。個別の人事課題についてのご相談は、人事図書館にてお受けしています。
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