
東海の製造業で人事が経営数字を語る——EV化・サプライチェーン変動の中での人材コスト
目次
東海の製造業で人事が経営数字を語る——EV化・サプライチェーン変動の中での人材コスト
2024年以降、東海の製造業人事にとって「経営数字を語る」ことの重要性が急速に高まっている。その背景には、EV(電気自動車)化の進展と、それに伴うサプライチェーンの大規模な再編がある。
愛知・岐阜・三重・静岡の自動車関連メーカーは、エンジン部品の需要減少・電動化部品への転換・生産ラインの組み替えという経営上の大問題を抱えている。この変動の中で、「人事はどういう役割を果たすべきか」という問いが経営の現場で浮上している。人材の再配置・スキル転換・組織再編——これらは全て人事の仕事であり、しかもそれは「経営数字と直結している」。
この記事では、東海の製造業人事が経営数字を武器に経営参画するために何が必要かを、EV化という地域特有のコンテキストも織り交ぜながら整理する。
1. EV化が東海の製造業に与える「人材への直撃」
EV化の進展は、東海の製造業に対して単なる「製品の変化」ではなく、「必要な人材の大規模な変化」をもたらしている。
内燃機関(エンジン)に関連する部品メーカーでは、エンジン部品の需要が長期的に減少する見通しだ。ピストン・クランクシャフト・排気管・燃料噴射装置など、エンジンに関わる多くの部品が不要になる。これらを製造してきた工場では、技術者・ライン作業者のスキルと仕事が、そのままEV部品製造に転用できるわけではない。
一方でEV化に伴い、バッテリー・モーター・電子制御システムに関連する技術者の需要が急増している。機械系のスキルだけでなく、電気・電子・ソフトウェアの知識を持つ技術者が求められる。これは、既存の従業員のスキル転換(リスキリング)か、新たな採用かという選択を迫る問題だ。
人事としてこの問題に向き合うとき、最初に必要なのは**「自社の人材ポートフォリオの現状」を経営数字で把握すること**だ。
- 現在、エンジン関連工程を担当している作業者・技術者は何名いるか
- そのうち、スキル転換の訓練によってEV関連工程に移行できる可能性がある人はどのくらいか
- スキル転換に要する期間とコストはどのくらいか
- スキル転換が難しい場合の、別部門への異動・配置転換・早期退職の選択肢と、それぞれのコストはどうか
この情報を整理して経営に提示できる人事が、EV化という経営課題の「人材側の解」を示せる。
2. 「人材コスト」を正しく計算する——人事が持つべき財務感覚
多くの製造業の人事担当者は、「採用費」「研修費」「残業代」といった人件費の科目は知っている。しかし、「人材コストの全体像」を経営数字として把握している人事は少ない。
人材コストの全体像を把握するための主要な指標を整理する。
人件費総額と売上高人件費率:総人件費(給与・賞与・法定福利費・退職給付費用の合計)が売上高に対して何%かを把握する。製造業では業種・規模によって異なるが、概ね25〜35%程度が一つの目安だ。この比率が業界平均より高い場合、生産性向上か人員最適化の課題がある。
一人当たり人件費と一人当たり売上高:従業員一人が生み出す売上高(付加価値)と、一人当たりのコストを比較することで、労働生産性が見える。この数字が改善しているか悪化しているかが、経営にとって重要なシグナルだ。
採用コスト(チャネル別・職種別):エージェント費・求人広告費・内部コスト(人事担当者の工数)を合算した採用単価を職種・チャネル別に把握する。
離職コスト:離職者が出たときの再採用費・引き継ぎロス・生産性低下コストを推計する。「1名の離職でどれだけのコストが発生するか」を試算できると、定着施策への投資根拠を語れる。
研修・育成コスト:研修費だけでなく、OJT担当者の時間コスト・研修受講者の機会コストも含めた総コストを把握する。これと育成の効果(スキル向上・生産性改善)を比較することで、育成ROIを語れる。
3. リスキリングの経済学——スキル転換のコストと効果を試算する
EV化に限らず、製造業の人事が直面する「リスキリング(既存人材のスキル転換)」の問題は、経済的な判断を伴う。
「既存人材を訓練してスキル転換するコスト」と「新たに採用するコスト」の比較は、人事が経営に提示できる具体的な試算だ。
たとえば、エンジン部品製造から電気系部品製造へのスキル転換を想定した場合:
- リスキリングコスト:外部研修費(電気・電子系の専門訓練)+ OJT期間中の生産性低下分 + 訓練期間中の人件費
- 新規採用コスト:採用広告費 + エージェント費 + 採用担当者工数 + 入社後の育成期間
一般的に、既存人材のリスキリングは新規採用より安上がりになることが多い。ただし、転換のスピードと「転換できる人材の割合」によって、最適解は変わる。
このような試算を人事が提示できると、「既存人員をどう扱うか」という経営の難問に対して、「感情論」ではなく「経済的合理性」に基づく提案ができる。
リスキリングの具体的な設計としては、**「外部公的訓練の活用」**も重要だ。厚生労働省の人材開発支援助成金や、愛知・岐阜・静岡・三重の県が提供する産業人材育成補助制度を活用することで、スキル転換への投資コストを下げられる。これらの制度を把握して活用する提案も、人事が経営に対して行える価値提供だ。
4. サプライチェーン変動と人員再配置——人事が「経営の地図」を持つ
EV化だけでなく、国際的なサプライチェーンの再編(中国リスク・東南アジアへの生産移転・北米・欧州への工場新設)も、東海の製造業の人材問題に直結している。
海外工場への人員配置・技術者の海外赴任・ローカル人材との協働——これらは人事の仕事であり、同時に経営的な判断を伴う。
「どの拠点に何人の技術者が必要か」「海外赴任者の人件費・生活費はどう設計するか」「ローカル人材の採用・育成コストはどう見積もるか」——こうした問いに答えられる人事が、経営参画の実質を持てる。
具体的に東海の人事担当者が持つべき視点として、**「自社の事業計画と人材計画の接続」**がある。経営が3年後・5年後に「どこで何を生産するか」という計画を立てるとき、そこに必要な人材の質・量・育成期間・採用計画を連動させることが人事の仕事だ。この「人材計画(HR planning)」を経営計画と接続できている人事は、経営会議に呼ばれる。
5. 労働分配率と生産性——経営会議で通じる人事の「翻訳力」
人事担当者が経営会議に参加するとき、「人事の言葉」だけで話すと経営陣に伝わらない。「採用が難しい」「モチベーションが低い」という言葉は、経営的文脈では抽象的に聞こえる。
経営者が関心を持つ言語に「翻訳」することが、人事の経営参画における重要なスキルだ。
たとえば:
- 「採用が難しい」→「現在の採用コストは年間○千万円で、充足率が目標比○%下回っている。これが生産能力の○%分の機会損失につながっている」
- 「エンゲージメントが低い」→「現在の定着率では年間○名が離職しており、再採用・育成コストが年間○万円かかっている。エンゲージメント改善により定着率が5%改善すると、○万円のコスト削減が見込める」
- 「育成に投資が必要」→「技能伝承リスクのある工程が○工程あり、担当者の平均年齢は○歳。3年以内に育成が完了しなければ、生産対応力に○%の影響が出る」
こうした「翻訳」ができると、人事の課題が経営の問題として認識される。
労働分配率(付加価値に占める人件費の割合)・一人当たり付加価値額・有効求人倍率(東海地区は全国平均を上回ることが多い)など、地域の経済指標も含めて語れる人事は、経営者から「一緒に考えたい相手」として見られるようになる。
6. 人事が「戦略人事」に転換するために——日常業務との両立
「経営数字を語る人事になりたいけど、日々の労務管理や採用対応で手が一杯」という悩みは、東海の製造業人事の多くが抱えている。特に一人人事や少人数人事部門では、戦略的な仕事をする余裕を作ること自体が課題だ。
この問題への現実的なアプローチは、**「人事の定型業務を効率化して、戦略的業務への時間を作る」**ことだ。
給与計算・勤怠管理・社会保険手続きなど、人事の定型業務はシステム化・外部委託によって効率化できる。それによって生まれた時間を、「経営数字の把握」「人材計画の策定」「組織課題の分析」に使う。
最初から完璧な人材計画を作ろうとしなくていい。まず「自社の頭数と人件費総額を経営に出す」「離職者の離職コストを概算で計算して提示する」という小さな一歩から始めることで、「経営数字を語る人事」への転換は起こせる。
7. 東海の製造業人事が「次の10年」を語れるために
EV化・AI化・人口減少・外国籍労働者の増加——東海の製造業を取り巻く変化は、これからも続く。この変化の中で、人事が「制度の維持管理者」にとどまるか、「事業の共創者」になるかは、人事担当者自身の選択だ。
経営数字を学ぶこと、自社の事業を理解すること、財務・生産管理・マーケティングの基礎を知ること——これらは「人事の仕事の範囲外」ではなく、「人事が経営に参画するための基礎教養」だ。
東海の製造業の現場を知り、EV化という経営課題の当事者として考え、人材コストと生産性の数字を語れる人事——そういう人事が、ものづくりの地域を支える。
まとめ——「人事の言葉」から「経営の言語」へ
東海の製造業でEV化・サプライチェーン変動という経営課題に向き合う人事には、「人材コストを経営数字として語る力」が求められている。採用コスト・リスキリングコスト・離職コスト・労働分配率——これらを把握して経営に提示できる人事が、次の時代の製造業を支える。
「人事は人のことだけ考えていればいい」という時代は終わった。事業と数字と人を同時に見る両利きの人事が、東海の製造業に必要だ。
東海の製造業で「経営数字を語れる人事」に変わりたい方へ
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