東海の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法
育成・研修

東海の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法

#評価#組織開発#経営参画#制度設計#離職防止

東海の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法

「会社は息子に継がせるつもりだが、番頭格の専務が辞めたら、この会社は回らなくなる」——岐阜市の建材メーカーの創業社長が、70歳を前にして漏らした本音です。

私はこれまで500社以上の企業の人事に携わってきましたが、東海地方の老舗企業における事業承継の問題は、単なる「経営者の交代」にとどまらないケースがほとんどです。経営者が交代しても、技術のキーパーソン、営業のキーパーソン、管理のキーパーソンが同時期に退職してしまえば、事業の継続そのものが危うくなります。

事業承継と人材承継は、車の両輪です。どちらか一方が欠けても、企業の存続は危うくなります。しかし現実には、事業承継(後継者への経営権の移譲)にばかり注目が集まり、人材承継(組織を支えるキーパーソンの知識・スキル・人脈の移譲)が手薄になっている企業が多いのです。

東海地方は老舗企業の宝庫です。製造業を中心に、創業50年以上の企業が数多く存在します。豊田市、浜松市、四日市市、岐阜市——各地の老舗企業が、次の50年を迎えるために必要な「事業承継と人材承継の同時推進」について考えていきます。

三重県桑名市の鋳物メーカー、創業90年、従業員65名。この会社では5年前から事業承継と人材承継を計画的に進め、3代目から4代目への経営交代を、組織の混乱を最小限に抑えながら完了しました。


東海の老舗企業が直面する承継の二重課題

事業承継と人材承継の課題を、構造的に整理します。

経営者の高齢化

東海地方の中小企業の経営者の平均年齢は年々上昇しており、60歳以上の経営者が全体の半数を超えています。「まだ自分が元気だから」と承継を先延ばしにするうちに、経営者本人の判断力が低下し、承継の準備が間に合わなくなるケースが後を絶ちません。

キーパーソンの同時引退リスク

経営者と同世代のキーパーソンが、経営者の引退に合わせて「自分もそろそろ」と退職するケースが多い。岡崎市の部品メーカーでは、社長(68歳)の引退に合わせて、技術部長(65歳)、営業部長(63歳)、経理部長(64歳)が相次いで退職を申し出ました。「社長と一緒に頑張ってきたけど、新しい経営者のもとで一から関係を築く気力はない」——この心理は理解できますが、組織にとっては壊滅的な打撃です。

技術と人脈の「暗黙知」

老舗企業には、マニュアルに載っていない「暗黙知」が大量に蓄積されています。ベテラン技術者の「勘」、営業部長が長年かけて築いた得意先との信頼関係、経理部長だけが把握している税務上の重要な判断——これらは、引き継ぎ書類を作るだけでは移転できない知識です。

後継者の「孤立」リスク

事業を承継した後継者が、組織の中で孤立するケースがあります。「新社長の言うことは聞けない」「前の社長の方が良かった」——こうした空気の中で経営を担うのは、後継者にとって精神的に大きな負担です。後継者を支える「経営チーム」の承継が、事業承継の成否を左右します。


経営数字で承継リスクを評価する

事業承継と人材承継のリスクを、数字で可視化します。

キーパーソン退職による売上への影響

営業のキーパーソンが退職した場合、その担当顧客の何割が取引を継続するか。東海地方の中小企業の経験では、キーパーソンの退職後1年で担当顧客の10〜30%が取引を縮小または終了する傾向があります。

年間売上3億円の企業で、営業部長が全体の40%の売上を個人的な信頼関係で支えている場合、退職によるリスクは売上の4〜12%、金額にして1,200〜3,600万円です。

技術承継の遅延コスト

技術のキーパーソンが退職してから後任を育成するのでは、育成期間中の品質低下、生産性低下、場合によっては取引先からの取引停止——大きな損失が発生します。

浜松市の精密加工メーカーでは、熟練技術者の退職後、後任が同等の品質を達成するまでに18ヶ月かかりました。その間の不良率上昇による廃棄コストが月額25万円×18ヶ月=450万円。顧客クレーム対応コストが200万円。合計650万円の「承継遅延コスト」が発生しています。

事業承継の失敗による企業価値の毀損

中小企業庁のデータによると、後継者不在により廃業する中小企業は年間数万社にのぼります。廃業は、従業員の雇用、取引先との関係、地域経済への貢献——すべてが失われることを意味します。


事業承継と人材承継を同時に進める5つのステップ

ここからは、東海の老舗企業が実践できる、事業承継と人材承継の同時推進のステップを解説します。

ステップ1:「承継すべき人材と知識」を棚卸しする

事業承継の計画は「後継者を誰にするか」から始まりがちですが、同時に「組織のどこに属人化リスクがあるか」を棚卸しすることが重要です。

部門ごとのキーパーソンを特定する。各キーパーソンが保有する「この人しか持っていない知識・スキル・人脈」をリストアップする。キーパーソンの年齢と退職予定時期を確認する。属人化リスクの高い順にランキングする。

桑名市の鋳物メーカーでは、この棚卸しにより「5年以内に退職が想定されるキーパーソン」が8名特定されました。このうち3名は代替が極めて難しい知識を持っており、最優先で承継計画を策定する対象としました。

ステップ2:後継者と「経営チーム」を同時に育成する

後継者1名だけを育成するのではなく、後継者を支える「経営チーム」(将来の経営幹部候補3〜5名)を同時に育成することが重要です。

経営チームの候補は、40代前半までの中堅社員から選定します。候補者には、後継者と一緒に経営課題に取り組む機会を提供し、「同じ釜の飯を食う」経験を通じて信頼関係を築きます。

豊田市の金属加工メーカーでは、後継者(創業者の長男、38歳)と経営チーム候補4名を選定し、月1回の「次世代経営会議」を開催しています。この会議では、現経営者がオブザーバーとして参加する中で、次世代チームが経営課題について議論し、意思決定の練習を行う。3年間の取り組みを経て、後継者と経営チームの間に強い信頼関係が構築されました。

ステップ3:技術と暗黙知の「見える化」と移転

キーパーソンが持つ暗黙知を、可能な限り「形式知」に変換する取り組みが必要です。

技術のドキュメント化(作業手順書、ノウハウ集、判断基準の文書化)。ベテランの技術を動画で記録する。「技術伝承セッション」の定期開催(ベテランが若手に技術を教える場を制度化する)。得意先の関係性マッピング(キーパーソンが持つ人脈と、各得意先との関係性の深さを可視化する)。

岐阜市の建材メーカーでは、退職予定のベテラン技術者3名に、月2回の「技術伝承セッション」を2年間実施しました。セッションの内容はすべて動画と文書で記録し、「技術アーカイブ」として社内に蓄積。ベテラン退職後も、このアーカイブを参照できる体制が整っています。

ステップ4:「営業の引き継ぎ」を計画的に行う

営業のキーパーソンが持つ顧客との信頼関係は、最も承継が難しい資産です。「後任を連れて挨拶に行く」だけでは不十分で、計画的な引き継ぎプロセスが必要です。

退職の1〜2年前から、後任を得意先との商談に同席させる。キーパーソンと後任が「二人三脚」で営業を行う期間を設ける。キーパーソンから後任への「顧客理解メモ」(各顧客の経営課題、キーパーソンの趣味嗜好、商談の経緯など)の引き継ぎ。

名古屋市の専門商社では、営業部長の退職2年前から、後任の課長を全主要顧客との商談に同席させました。最初の1年は「見学」、次の1年は「後任が主担当、前任がサポート」という段階的な移行を行い、退職時には主要顧客全社との関係構築が完了していました。結果として、営業部長退職後の売上減少はわずか3%にとどまりました。

ステップ5:承継のタイムラインを策定・管理する

事業承継と人材承継を「いつ、何を、誰が」行うかのタイムラインを策定し、定期的に進捗を管理します。

5年後の承継完了を目指す場合のタイムライン例として、1年目は後継者と経営チームの選定。承継リスクの棚卸し。2年目は技術伝承セッションの開始。後継者の経営参画(取締役就任など)。3年目は営業引き継ぎの本格化。経営チームの権限移譲。4年目は後継者を代表取締役に就任させ、前経営者は会長として見守る。5年目は前経営者の完全引退。承継完了の確認。

四日市市の化学メーカーでは、このタイムラインを3ヶ月ごとにレビューし、遅延が発生している項目には追加リソースを投入する管理体制を構築しています。


東海の老舗企業に見る承継の成功事例と失敗事例

成功事例:三重県桑名市の鋳物メーカー(創業90年、従業員65名)

3代目社長(72歳)から4代目(長男、45歳)への承継を、5年計画で実施。同時に、技術部長、営業部長、管理部長の世代交代も計画に組み込みました。

成功のポイントは3つ。後継者を30代のうちから経営会議に参加させ、10年かけて経営者としての視座を育てたこと。キーパーソンの退職を2〜3年前から計画し、後任の育成期間を確保したこと。後継者と次世代経営チーム5名を「同期」として育成し、承継後のチームワークを担保したこと。

承継後3年間の業績は、売上横ばい(微増)、利益率は改善。離職率は承継前後で変化なし。顧客離れもほぼ発生せず、「静かな承継」が実現しました。

失敗事例に学ぶポイント

一方で、人材承継を軽視して失敗した例もあります。安城市の工具メーカーでは、社長交代と同時に技術部長と営業部長が退職。後任が育っておらず、主力製品の品質が低下し、3年間で売上が25%減少しました。

この事例から学ぶ教訓は明確です。事業承継の計画には、必ず人材承継の計画を含めること。キーパーソンの退職を「突然の出来事」にしないための早期対策が不可欠であること。後継者だけでなく、組織全体の世代交代を設計すること。


承継を支える外部リソースの活用

事業承継と人材承継を社内だけで完結させるのは難しい場合もあります。東海地方には、承継を支援する外部リソースが複数存在します。

事業承継・引継ぎ支援センター(各県に設置、無料相談可能)。地域の金融機関(承継計画の策定支援、融資、M&Aの仲介)。中小企業診断士や税理士(承継時の税務・法務のアドバイス)。

こうした外部リソースを「使い倒す」ことで、社内にないノウハウを補完できます。承継は「恥ずかしいこと」ではなく、「企業の次の100年をつくる前向きな取り組み」です。外部の力を借りることを躊躇する必要はありません。

東海地方の老舗企業が培ってきた技術、信頼、文化を、次の世代にしっかりと引き継ぐ。そのために、事業承継と人材承継を「同時に、計画的に」進めること。これが、東海の老舗企業が次の50年、100年を迎えるための、最も重要な経営課題なのです。

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