岐阜の観光・宿泊業が通年で人材を確保する方法
制度設計・運用

岐阜の観光・宿泊業が通年で人材を確保する方法

#評価#研修#経営参画#データ活用

岐阜の観光・宿泊業が通年で人材を確保する方法

「夏と秋は人が足りなくて断り続けて、冬と春はスタッフが暇を持て余している」——岐阜県高山市の旅館の女将から、この相談を受けたのは5年前のことです。

私はこれまで500社以上の企業の人事に携わってきましたが、観光・宿泊業の人材課題は、「季節変動」という構造的な問題が他のどの産業よりも顕著です。繁忙期には猛烈に人が足りず、閑散期には人が余る。この波の中で、良い人材を通年で確保し続けることは、経営の根幹に関わる課題です。

岐阜県は、飛騨高山、白川郷、下呂温泉、長良川鵜飼い——全国的に知名度の高い観光資源を擁する観光県です。インバウンド需要の回復もあり、宿泊施設や観光関連事業者への来客は増加傾向にあります。しかし、その需要に応える「人」が足りない。これが岐阜の観光・宿泊業が直面する最大の経営課題です。

高山市のある温泉旅館、客室数25室、従業員18名。紅葉シーズン(10〜11月)は稼働率が95%を超えますが、1〜3月は50%まで落ち込む。この変動の中で、人材の確保と育成に取り組んできた実践を共有します。


岐阜の観光・宿泊業が抱える人材課題の構造

岐阜の観光・宿泊業特有の人材課題を、構造的に整理します。

季節変動の大きさ

高山市を例にとると、春(桜まつり:4〜5月)、夏(夏祭り・避暑:7〜8月)、秋(紅葉:10〜11月)に観光客が集中し、冬季(12〜3月)は閑散期になります。白川郷は冬季のライトアップが人気ですが、期間限定のイベントであり、通年の集客には限界があります。

下呂温泉も同様に、秋冬の温泉需要と夏季の需要に差があります。この季節変動が、人員計画を難しくしています。

立地の不利

岐阜県の主要な観光地は、都市部から離れた山間部に位置しています。高山市は名古屋から車で約2時間半、公共交通機関でも2時間以上。白川郷はさらに奥地です。この立地が、人材の通勤圏を狭め、都市部からの人材流入を制限しています。

「おもてなし」の質と人材の関係

旅館やホテルの価値は、施設のハードだけでなく、「おもてなし」のソフトに大きく依存します。接客の質、料理の味、サービスの気配り——これらは人の力によるものであり、経験の浅いスタッフでは提供できない領域があります。


経営数字から人材確保の必要性を裏づける

観光・宿泊業の人材課題を経営数字で捉えます。

機会損失の試算

人手不足で宿泊予約を断った場合の損失を計算します。1泊2食の客室単価が2万5千円の旅館で、人手不足により月間10室の予約を断った場合、月間25万円、年間300万円の機会損失。繁忙期(5ヶ月間)に限定しても125万円の損失です。

高山市の旅館では、紅葉シーズンの2ヶ月間に約60室分の予約を断っていました。1室2万5千円として150万円の機会損失。これは、臨時スタッフ2名の雇用コスト(月額30万円×2名×2ヶ月=120万円)を上回る金額です。

サービス品質低下による評価への影響

人手不足の状態でサービスを提供すると、品質が下がります。じゃらんや楽天トラベルの口コミ評価が0.5ポイント下がると、予約率に明確な影響が出ます。ある調査では、口コミ評価の1ポイント向上が客室単価の5〜10%アップにつながるとされています。客室単価2万5千円の旅館なら、1ポイントの評価向上で1室あたり1,250〜2,500円の単価アップ。年間の売上への影響は数百万円規模になります。


通年で人材を確保するための5つの戦略

ここからは、岐阜の観光・宿泊業が実践している人材確保策を紹介します。

1. 閑散期の「仕事」を創出する

通年雇用の最大の課題は、閑散期に「やってもらう仕事がない」ことです。この問題を解決するには、閑散期にしかできない業務を意図的に設計することが必要です。

施設のメンテナンス・リノベーション(客室の改修、庭の手入れ、設備の点検)。スタッフのスキルアップ研修(接客マナー、語学、料理技術)。マーケティング活動(SNS運用、写真・動画コンテンツの制作、顧客データの分析)。新メニュー・新プランの開発。地域連携事業(観光ガイドの養成、体験プログラムの企画)。

高山市の温泉旅館では、冬季の閑散期を「進化の季節」と位置づけています。接客研修、英語研修、料理の新メニュー開発——これらを閑散期に集中して実施することで、繁忙期のサービス品質を向上させています。「閑散期こそが、次のシーズンの準備期間」という発想の転換が、通年雇用を経済的に成り立たせています。

2. 複数施設間での人材シェアリング

1つの施設だけでは通年の雇用が難しい場合、近隣の複数施設で人材を共有する方法があります。

高山市内の3つの旅館が連携し、繁忙期のピークが微妙にずれる(旅館Aは秋がピーク、旅館Bは夏がピーク)ことを利用して、スタッフを相互に融通する仕組みを構築しました。法的には、各施設との雇用契約が必要ですが、実態としては「シーズンに応じて勤務先が変わる」という形で、通年雇用を実現しています。

3. 地元住民のパート活用と関係構築

観光地の周辺に住む住民は、季節変動のある仕事に慣れていることが多い。農閑期に旅館で働く農家の方、子育てが一段落した主婦——こうした地元人材は、通年ではなくても、繁忙期の戦力として非常に頼りになります。

下呂市の温泉旅館では、地元の農家の奥さん8名が、繁忙期(9〜11月、4〜5月)に客室清掃と配膳のパートとして働いています。農作業が落ち着く時期と旅館の繁忙期が重なるため、双方にとって好都合な仕組みです。この「農閑期パート」の方々との関係を大切にし、繁忙期前には必ず「今年もよろしくお願いします」の連絡を入れる。長年の信頼関係が、安定した人材確保の基盤になっています。

4. インバウンド対応を軸にした外国人材の活用

岐阜の観光地、特に高山市と白川郷は、インバウンド観光客の比率が非常に高い。外国人旅行者への対応力を高めるために、外国人スタッフを雇用することは、人材確保と顧客サービスの両面でメリットがあります。

高山市のホテルでは、ネパール人とベトナム人のスタッフ計4名を雇用しています。フロント業務、レストランサービス、客室清掃——多岐にわたる業務を担当し、英語対応が必要な場面では特に力を発揮しています。「外国人スタッフがいることで、海外からのお客様が安心してくれる」と支配人は語っています。

5. 「岐阜で働く」ライフスタイルの発信

都市部から岐阜の観光地に移住して働く人材を呼び込むためには、「仕事」だけでなく「暮らし」の魅力を伝えることが重要です。

高山市の豊かな自然、美味しい食、温泉、コミュニティの温かさ——こうした「暮らしの質」を具体的に発信することで、「東京での忙しい生活を離れて、岐阜でゆったり暮らしながら働きたい」という層にリーチできます。

白川郷近くの宿泊施設では、移住してきたスタッフのインタビュー動画をYouTubeで公開しています。「東京のIT企業を辞めて、白川郷の旅館で働くことを選んだ理由」——こうしたリアルなストーリーが、同じような思いを持つ潜在的な求職者の心に届いています。


おもてなしの質を維持するための人材育成

人材を確保した後は、岐阜の観光地にふさわしい「おもてなし」の質を維持するための育成が課題です。

接客技術の標準化と個性の融合

旅館の接客には、「型」(基本的な所作、言葉遣い、段取り)と「個性」(お客様への気遣い、臨機応変な対応)の両方が必要です。型だけでは機械的な接客になり、個性だけではばらつきが出る。

高山市の旅館では、新人向けの「接客基本マニュアル」を整備しつつ、ベテラン仲居による「おもてなし講座」(月1回、30分)を実施しています。マニュアルでは伝えきれない「お客様の表情から要望を読み取る力」「季節の話題で会話を和ませる技術」——こうした「感性の部分」を、先輩から後輩へ丁寧に伝えています。

語学力の強化

インバウンド対応のために、基本的な英語力は全スタッフに求められるようになっています。流暢な英語でなくても、「Welcome」「Your room is this way」「Would you like dinner at 7?」——最低限のフレーズをスムーズに使えるだけで、外国人ゲストの満足度は大きく変わります。

下呂市の温泉旅館では、閑散期に週1回の英語レッスン(30分)を全スタッフ対象で実施しています。地元の英語教師にボランティアで来てもらい、宿泊業で使う実践的なフレーズを学ぶ。「去年より英語ができるようになった実感がある」というスタッフの声が、研修の継続を支えています。


通年集客の工夫と人材計画の連動

人材を通年で確保するには、需要の平準化も重要なテーマです。閑散期の集客を増やすことで、「冬はスタッフが余る」という問題を軽減できます。

冬季のワーケーションプランの提案。閑散期限定の割安プランによるシニア層の集客。地元の食材を使った「食の体験ツアー」の企画。法人向けの研修・合宿プランの営業。

こうした閑散期の集客施策と人材計画を連動させることで、「仕事があるから人を雇える、人がいるからサービスを提供できる」という好循環が生まれます。

岐阜の観光・宿泊業が持つ「おもてなし」の伝統は、人の力によって支えられています。その力を通年で発揮するために、経営数字に基づく人材投資、季節変動への柔軟な対応、地域連携の活用——こうした取り組みを積み重ねることが、岐阜の観光産業の未来を拓く鍵になると確信しています。


本記事は、東海地方の観光・宿泊業における人事課題を支援してきた経験に基づいて執筆しています。個別の人事課題についてのご相談は、人事図書館にてお受けしています。

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